坂本龍馬
その使命と生き方
坂本龍馬が締結させた薩長同盟 印刷


坂本龍馬が関係している史実に、「薩長同盟」があります。
「薩長同盟」とは江戸時代の後期である1866年に、長州藩と薩摩藩との間で交わされた、軍事・政治を目的とした同盟です。他に「薩長連合」「薩長盟約」という名称でも呼ばれています。

幕末に於ける薩摩藩と長州藩は、政治の世界で互いに多大なる影響力を有していました。
この2つの藩は「討幕」という思想の点では、共通した志を持っていたのです。
しかし大久保利通や西郷隆盛がいた薩摩藩は、会津藩と協力して長州藩を京都から追放してしまいました。
これを政変や禁門の変と呼びますが、ここから薩摩藩と長州藩は敵対する様になったのです。

それでは一旦は敵対していた2つの藩が、その後に何故同盟を結ぶまでに至ったのでしょうか?。
それには先ず土佐藩を脱藩した坂本龍馬と中岡慎太郎が、自身らが立ち上げた亀山社中という会社を用いて、長州藩と薩摩藩の斡旋を行ったからです。
その斡旋を契機として、討幕運動に協力する6カ条を打ち立て、薩長同盟を締結させたという事なのです。
然しながらそこに到達するまでには、幾つもの会談を経て、ようやく漕ぎつけたという経緯だったと言われます。

従ってこの難航するかに思えた薩長連合が、遂に成功した背景には実は決め手がありました。
これは当初は反対していた西郷隆盛に対して、長州藩の木戸孝允(桂小五郎)という人物が、その理由を打ち明けて理解を求めた事であり、これが薩長連合への道を拓いたのです。

この様に薩摩藩と長州藩が締結された背景には、坂本龍馬が大きく関与していた事が、これで理解して頂けるでしょう。
表舞台で行動するばかりではなく、裏でも確実に行動しているのは、さすが坂本龍馬だったと感心せずにはいられません。
「頭の切れる人は裏方へ回って、表で動く人を操ろうとする。」
この世がこういう仕組みになっているなら、若い時にそれが分かっていた坂本龍馬は凄い人だったという事になるからです。

 

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